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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)9386号 判決 1964年6月15日

第一〇四八一号事件原告・第九三八六号事件原告・第一六九九号事件反訴被告 株式会社根元鉄工所

第一〇四八一号事件被告・第九三八六号事件被告・第一六九九号事件反訴原告 生方博

第九三八六号事件被告 アジア工業株式会社 外二名

主文

一、原告株式会社根元鉄工所に対し

(一)  被告生方博は、

イ、別紙第一物件目録<省略>第一ないし第三号、同第二物件目録<省略>第一号および同第三物件目録<省略>各記載の各建物より退去しなければならない。

ロ、同第五および第六物件目録<省略>各記載の各建物を収去しなければならない。

ハ、同第七物件目録<省略>記載の変圧器四台を引き渡さなければならない。

(二)  被告アジア工業株式会社は、

イ、別紙第一物件目録第三号記載の建物のうち同目録添付図面ABCDEFGHIJAを結ぶ斜線部分一四、五坪より、

ロ、同第二物件目録第二号記載の建物より、

ハ、同第五物件目録記載の各建物より

それぞれ退去しなければならない。

(三)  被告若山建機株式会社は、別紙第一物件目録第一号記載の建物より退去しなければならない。

(四)  被告不二製作所こと今村勇二郎は、別紙第六物件目録記載の建物より退去しなければならない。

(五)  被告等は、別紙第四物件目録<省略>記載の土地を明け渡さなければならない。

二、原告株式会社根元鉄工所に対し

(1)  被告生方博は、

(イ)  昭和三五年一二月一日より昭和三九年三月三一日までは一月につき六万九五〇〇円の割合による金員を、そのうち二万七九〇〇円については被告若山建機株式会社と六七〇〇円については被告アジア工業株式会社とそれぞれ連帯して、

(ロ)  昭和三九年四月一日より前項(一)イ、による第一物件目録第一ないし第三号、第二物件目録第一号の各建物退去済みに至るまでは一月につき一二万三三〇〇円の割合による金員を、そのうち五万一二〇〇円については被告若山建機株式会社と、九六〇〇円については被告アジア工業株式会社とそれぞれ連帯して支払わなければならない。

(2)  被告アジア工業株式会社は、

(イ)  昭和三五年一二月一日より昭和三九年三月三一日までは一月につき一万一七〇〇円の割合による金員を、うち六七〇〇円については被告生方博と連帯して、

(ロ)  昭和三九年四月一日より前項(二)による退去済みに至るまでは一月につき一万六四〇〇円の割合による金員を、うち九六〇〇円については被告生方博と連帯して、

支払わなければならない。

(3)  被告若山建機株式会社は

(イ)  昭和三五年一二月一日より昭和三九年三月三一日までは一月につき二万七九〇〇円の割合による金員を、

(ロ)  昭和三九年四月一日より前項(三)による退去済みに至るまでは一日につき五万一二〇〇円の割合による金員を、

それぞれ被告生方博と連帯して支払わなければならない。

(4)  被告生方は、

(イ)  昭和三五年一二月一日より昭和三九年三月三一日までは二六〇〇円の割合による金員を、

(ロ)  昭和三九年四月一日より前項(一)イによる第三物件目録記載の建物引渡済みに至るまでは一月につき三五〇〇円の割合による金員をそれぞれ支払わなければならない。

三、被告生方の反訴請求を棄却する。

四、訴訟費用は各事件本訴および反訴を通じてこれを十分し、その九を被告生方の、その余は同被告以外の被告等の負担とする。

五、この判決は仮に執行することができる。

六、被告等が各自または共同して三〇〇万円の担保を供するときは第一項についての仮執行を同上の担保提供がなくとも、被告アジア工業株式会社が五〇万円の被告若山建機株式会社が七〇万円の、被告今村勇二郎が一〇万円の各担保を供するときは、第一項中、右被告三名の各建物退去についてのみの仮執行を、被告等がそれぞれ第二項によつて昭和三九年五月一一日までに支払うべき金銭の各半額の担保を供するときは同項についての仮執行をそれぞれ免れることができる。

事実

1  昭和三五年(ワ)第一〇、四八一号事件および昭和三八年(ワ)第九、三八六号事件原告は第一次的請求として主文第一ないし第三項と同旨の判決および仮執行の宣言を求め、予備的請求として主文第一項中(一)被告生方博に対する請求のうち、別紙第二物件目録第一記載の建物より退去を求める部分について請求が容れられない場合は同目録第一、第二号記載各建物の収去を求める外、第一次的請求と同旨の判決および仮執行の宣言を求めた。

2  右両事件原告の請求、昭和三九年(ワ)第一、六九九号反訴事件の反訴請求および反訴請求の原因に対する答弁および同上各事件の本訴および反訴を通ずる被告等の主張に対する反論は別紙中のそれぞれの記載のとおりである。

3  右本訴両事件被告等の答弁、被告生方の右反訴事件の請求の趣旨および反訴請求の原因、以上各事件の本訴および反訴を通ずる被告等の主張は別紙中のそれぞれの記載のとおりである。

4  証拠関係<省略>

理由

1、本件でまず問題となるのは、原告主張第一物件目録記載の各建物(以下第一建物と略称)、第七物件目録記載の変圧器四台(以下第七物件と略称)の所有権および第四物件目録記載の土地(以下本件土地と略称)借地権が原告に属するか否かに関連し、昭和二五年三月頃右各物件及び借地権を含む原告の工場およびその設備(以下従前の工場設備と略称する)について原告と訴外新堂栄一との間になされた契約は原告主張のとおりの単なる担保契約に過ぎないものか、被告等主張のとおりの代物弁済契約であるかを判断することである。

右判断をすれば、第一建物が原告所有に属することについての被告等の自白の撤回が適法か否かはおのずから決せられて特にこれをとり出して検討する必要はなくなり、またもし被告等主張のとおり判断されるならば、第二、第三物件目録記載の各建物(以下第二建物、第三建物と略称する)所有権の帰属について若干の判断を要する外は、進んで他の判断をするまでもなく原告の本訴請求はすべて失当となるべき筋合があり、右第二、第三の各建物についてもおのずから被告等の主張を有利に裏付ける情況事実も得られることになる。

2、そこで、原告と訴外新堂との間の右契約についてみるのに、成立に争いのない甲第一一号証証人新堂栄一の証言、原告会社代表者本人尋問の結果および右各証拠によつて真正に成立したと認める甲第五、六号証の各一、二を綜合すれば、従前の工場設備はいずれも原告の所有または権利に属するものであつたが、これについては昭和二五年三月二〇日原告主張のとおり右両当事者間に担保契約がなされたのみであつて、被告等主張のような代物弁済契約はなされなかつたことを認めることができ、乙第三号証、第五号証の一、第一四号証、第二二号証、甲第一六号証および被告生方博本人尋問の結果には被告等主張にそう趣旨の記載および供述はあるが、前記甲第一一号証および証人新堂栄一の証言によれば、右乙第三号証、第五号証の一、および第一四号証は被告の資金調達の便のために作成されたもので真実の契約関係を示すものでないことが推察され、また、被告生方博尋問の結果によつて真正に成立したと認められる乙第二四号証の一ないし三の右被告日記自体によつても昭和二六年八月当時その後に訴外新堂において従前の工場設備の所有権を「原告会社の買収」形式で入手することを前提として被告生方と種々交渉を重ねていたことが認められるので、以上の書証および供述は被告等の前記主張に有利な証拠として採用し難く、他に以上の認定を覆すのに足りる証拠はない。

そして、以上の担保契約に基づいて、一旦訴外新堂に使用権を設定した原告が、同契約による債務を弁済し、原告主張のとおり右訴外人の前記各物件および借地権の使用権が消滅したことは成立に争いのない甲第七号証の二、郵便局署の作成部分の成立について争いがないのでその余についても真正な成立を認める同号証の一、証人新堂栄一の証言、原告会社代表者本人尋問の結果、同各証拠によつて真正に成立したと認める甲第八号証によつてこれを認めることができる。

したがつて、従前の工場設備に含まれる第一建物、第七物件および本件土地借地権についてたとえ訴外新堂と被告生方との間で被告等の主張するような契約がなされたとしても、それによつてはそれ等が被告生方の所有または権利に帰属することはなく、なお、原告の所有または権利に属するものというの外はなく、第一建物についてなされた被告等の前記自白の撤回も適法であるとはいえない。(もつとも被告等は本件土地借地権が別に地主との合意で解消したとしまたは原告から被告生方に譲渡されたと主張するが、そのことは後に判断する)

3、次に、第二、第三建物の所有権の帰属が問題となるが、それには、第三建物が果して従前の工場設備に含まれていたか否かの問題をしばらく別とし、(イ)被告生方の右従前の工場設備使用の関係が、原告会社のための事務管理行為としてなされたものか、(ロ)それとも、原告会社の事業とは関係なく、被告等主張の被告生方と訴外新堂との匿名組合契約または同契約に準ずる契約に基づくものとしてあるいは同被告の単独事業としてなされたものかを判断する必要がある(もし右(ロ)の場合であれば第二、第三建物は当然には原告の所有に帰属しないことになるからである)。

4、そこで被告生方の従前の工場設備使用関係をみるのに、前出甲第五、第六号証の各一、二、第一一号証、乙第二四号証の一ないし三、成立に争いのない甲第一号証の一、二、第二号証の一ないし四、乙第五号証の二および証人新堂栄一の証言を綜合すれば、

(1)  昭和二六年一〇月二八日訴外新堂と被告生方とは従前の工場設備を利用して鉄工業の共同経営をすることを約し、その契約において

(イ)  右両名で前記原告会社従前の工場設備を入手するため、訴外新堂の責任で原告会社の全株式を買取し、その買収株式を右訴外人と被告生方とで折半すること

(ロ)  右全株式を一九五万円と評価し、被告生方はその半額九七五、〇〇〇円を訴外新堂に支払い、とりあえずそのうち六〇万円を支払つたときに右共同事業経営契約は発効するものとし、右訴外人は右九七五、〇〇〇円のうち六〇万円に相当する原告会社株式の株券を同被告に交付し、その余の金額は右訴外人に対する右被告の借入金として利子を支払う外、これに相当する右株式について右訴外人のため質権を設定すること

(ハ)  従前の工場設備以外に新たに附加される設備の費用、修理費、工場運営費等で右両名中のいずれかが支出したものは、これを会社(すなわち原告会社)の借入金とすること等を約したこと

(2)  そして、被告生方は昭和二六年一二月一四日頃前記約定の六〇万を訴外新堂に支払い、これによつて右契約が発効し、同訴外人としては未だ原告会社の株式を買収するに至らなかつたが早晩その買収が可能なものと思い、当時使用権を有していた前記従前の工場設備を被告生方にも使用させ、同被告は前記共同経営の趣旨にしたがつて同従前の工場設備を使用し、鉄工業を開始したこと

(3)  ところが、右経営上の資金が十分でなく、被告生方が訴外新堂に約旨に基く残株式に相当する出資金を支払わないのみならず、すでに右訴外人に支払つた前記六〇万円をも設備の修繕費または事業上の保証金等のために右訴外人から引き出して使用したため、同訴外人としてはなお原告会社の株式を現実に買収し得ずにいたこと

(4)  しかし、それにもかゝわらず、結局右両名において原告会社の全株式を買収し得ることを前提とし、右両者において昭和二八年三月七日原告主張の仮装の原告会社株主総会決議録を作成し、原告会社の名称を被告生方のそれまでの個人営業名であつた二葉工業所の名称に類似する二葉工業株式会社と改め、それまでの原告会社役員を改選し右両名が代表取締役に選任されたとしてその旨の登記を了し、被告生方は同代表取締役の資格を用いて原告会社名で引き続き鉄工業を続け、同じく右資格を用いて昭和二九年五月一七日前記原告会社所有第一建物について三〇〇万円の債務のため抵当権を設定してその登記を経由し、同年一一月一九日前記第二建物について原告会社のため所有権保存登記を経由し、かつ、六〇万円の債務のため抵当権設定登記を経由したこと

(5)  ところが、原告主張のとおり昭和二九年一二月に前記株主総会決議不存在確認の訴訟が提起され、その頃被告生方および訴外新堂の原告会社代表取締役職務執行停止を命ずる仮処分決定がなされ、訴外新堂も右訴提起の前後頃から被告生方の一方的な事業経営および前記認定による支払金の不払等を理由に右共同経営契約の失効を理由に前記従前の工場設備の返還方を同被告に求めるに至つたこと

等を認めることができ、右訴では原告主張のとおりの経過で株主総会決議不存在確認の判決が確定したことは当事者間に争いがない。

右認定の諸事実および争いのない諸事実(擬制自白によるものを含む)を全体として観察すれば、訴外新堂と被告生方との前記共同経営契約の目的は、両者が原告会社の全株式を取得し、その代表取締役となつて同会社として事業を経営することであり、その目的にしたがつて右両名は右代表取締役となり、同会社として事業を経営し、新たに諸設備、建物等を従前の工場設備に附加し債務負担をしたものであつて、被告生方本人尋問の結果をもつてしても被告等主張のような匿名組合契約またはそれに準ずる契約はこれを認め難く、また少くとも右訴の提起までの間被告生方がその単独事業として右従前の工場設備を使用し、諸設備、建物等を附加し、債務負担をしたとの事実もこれを認めるのに足りる証拠はない。法人組織の中小企業経営においては往々にして事実主張について法人と個人との認識を混同することはあり得るが、その経営に当る者の主観にとらわれることなく全体としての活動形態をもつてこれを判断すべきであり、本訴の場合も、被告生方本人尋問の成果中右混同に基づく供述がみられるけれども、前記両名間の基本の契約と活動状態とをもつてすれば、以上のとおり判断されるのである。

そうしてみると、結局右訴の確定判決で被告生方等は原告会社の代表取締役の地位を否定され、その地位でなした行為の効力が直ちに原告会社に及ぶことにはなり得ない結果となつたのではあるが、少くとも被告生方が原告会社の表見的な代表取締役となつて前記訴が提起されるまでの間になした従前の工場設備についての修繕、新設備、新建物の附加行為は原告会社のためになされたものであり、原告のための事務管理行為としてその行為の結果を原告会社の権利に帰属せしめたものといわねばならない(債務の点については必要がないのでここではふれない)。そしてこのように原告会社の表見的な代表取締役となる以前、被告生方が訴外新堂との前記共同経営契約に基づいて従前の工場設置に加えた修繕、新設備、新建物についても、右のように同被告において原告会社の表見的代表取締役として原告の事業経営に当つたことからすればそれもまたすべて原告会社のための事務管理行為により原告会社の事業経営の準備行為としてなされたものであり、原告の権利に帰属させられたものとすべきはその表見的代表取締役就任中の場合と異ならない。

もとより、前認定のとおり前記両名はその所期の原告会社全株式取得を果さなかつたけれども、同両名はその株式取得を前提とし、その取得を確信して以上認定の事業活動をなしたものであることはこれまた前記認定のとおりであり、被告生方が前記訴の第二審以後、補助参加人として前記株主総会決議不存在の主張を争つたことは成立に争いのない甲第四号証によつて明かなことであつて、これ等の事情は被告生方の原告のためにする事務管理行為を認定する資料として十分であり、右株式取得がなされたならばもはや以上の諸行為は完全に原告会社の行為として欠けるところのないものとなることからも右事務管理を認定し得られる。

ところで、第二建物が昭和二七年中に被告生方と訴外新堂との前記共同経営契約に基づいて建築されたことは被告等の主張自体から明かであり、第三建物が同様にして昭和二八年中に建築されたか、少くとも従前の工場設備中の既存の建物であつたのに、同年中に変電所として修補されたものであるかのいずれかであることは成立に争いのない甲第二号証の四ないし六によつてこれを認め得られるので、いずれにせよ右両建物は以上の理由によつて原告会社の所有に属するものというべきであつて、その登記、登録の時期や意味をとくに判断するまでもないことである。

5、次に問題となるのは前記原告の本件土地借地権の存続とその対抗力のことである。

右借地権が訴外新堂に譲渡されたとする被告等の主張事実を認め得ないことは前記のとおりであるが、被告等はさらに原告において地主との間で同土地賃貸借契約を合意解除したとし、さらに右借地権を被告生方に譲渡したと主張するところ、そのような被告等の主張事実は証人小泉由雄の証言をもつてもこれを認め得ず他にも十分な証拠を見出し得ないので、他に右借地権の消滅原因について特段の主張がなければ(例えば期間の満了、消滅時効完成等)、右原告の借地権はなお存続しているものというの外はない。

ところが、被告等はさらに右借地権の消滅時効完成を主張するので、その点を判断するのに、被告生方が訴外新堂との前記共同経営契約に基づいて右借地権により本件土地を占有し、かつ賃料を地主に支払つて来たことは被告等の主張自体で明かであるから、これまた前記判断の理によつて、少くとも前記訴の提起までの間における右土地占有および賃料支払は原告のための事務管理行為というべきであり、それ自体原告の借地権行使に当り、それ以来、すなわち右訴提起の昭和二九年一二月以降現在まで消滅時効の期間は経過していないので、他の点の判断をするまでもなく、右時効に関する被告等の主張は理由がなく、他に右借地権の消滅原因についての主張はないので、同借地権はなお存続していることになる。

そこで、右借地権の被告等に対する対抗力についてみるのに、被告等の主張によれば、被告生方は、原告において前記借地権を地主との合意解除によつて失つたので、新たに地主との間に本件土地賃貸借契約を結んだとし、あるいは原告から前記借地権の譲渡を受けてそれについて地主の承諾を得たとし、原告とは無関係に地主との直接の借地権者として本件土地を占有し、他の被告等は被告生方からそれぞれ建物を賃借または使用貸借による借用をしているとするのである。しかし、被告等主張の右原告における賃貸借合意解除も被告生方への借地権譲渡も認め得ないことは前記のとおりであり、しかも同被告はみずから原告のための事務管理行為として少くとも前記訴の提起までは原告の借地権に基づいて本件土地を占有しかつ賃料を地主に支払つていたことはこれまた前判断のとおりである。

以上の情況および被告等の主張からすれば、被告生方は原告の本件土地借地権がなお存続していることを知りながら、みずから事務管理中にあつた原告の同借地権の行使を侵害する意図をもつて、あえて地主との間に二重に本件土地賃貸借契約をしたものであるとするの外はない。もとより同一土地について二重に賃貸借をすることはでき、その二重の賃貸借自体は地主との間で効力を否定され得ないが、既存の賃借権の行使を侵害することをあえて意図してなされた第二の賃貸借は既存の借地権者に対しては、その権原を主張し得ず、既存の賃借権者はその賃借権をもつて右侵害をなす第二の賃借権者に対抗し、侵害の排除を求め得べきであつて、本件の場合原告は侵害された借地権の行使を保全するため被告生方に対し、原告の借地権をもつて対抗し、同被告の本件土地占有使用の排除を求め得るものというべきであり、同被告からさらに使用を許されたと主張し、本件土地を現に占有している同被告以外の被告等の右占有もまた借地権侵害者の違法な占有の承継によるものとして違法なものとなり、同被告等と原告との関係も原告と被告生方との右関係と同様であるといわねばならない。

なお、被告生方としては同記事務管理行為終了によつてもその管理に伴う本件土地の占有使用を止め、これを原告に返還すべき義務を負うべきであり、少くとも本件訴の提起以前に右管理行為が終了したと推察できないことはないが、原告においてその終了の時期、方法を明かにしていないので、右終了原因による原告の請求については判断をしない。

6、以上によつて、結論はおのずから明かである、すなわち、被告等は原告主張のとおりそれぞれ本件の各物件を占有し、被告生方が第五、第六建物を所有していることを認めているのであるから、原告の所有権に基づく請求によつて、被告生方、被告若山建機株式会社、被告アジア工業株式会社はそれぞれ右争いのない占有部分の第一ないし第三建物および第七物件を原告に対し明け渡しまたは引き渡す義務があり、原告の本件土地借地権行使の妨害排除請求によつて、被告生方はその所有の第五、第六建物を収去し、被告アジア工業株式会社、不二製作所こと今村勇二郎はそれぞれその前記争いのない右両建物の占有部分から退去し、被告等全員は本件土地を原告に明け渡すべき義務を負いその義務の履行を求める原告の請求は正当である。

7、そして、本件各物件の賃料相当額が原告主張の額以上であることは鑑定人丸山皓録の鑑定の結果によつてこれを認め得るので被告等はそれぞれ前記争いのない占有部分について原告請求の時期以降右明渡、引渡等の義務を履行するまでの間、共同占有の部分については共同占有者とそれぞれ連帯して(前記のとおり結局共同の不法行為となるので)少くとも原告請求の賃料相当損害金の支払義務であり、その義務の履行を求める原告の請求は正当である。

8、以上によつて、被告生方の第一、第二建物の所有権を前提とする第一次反訴請求、本件土地の同被告の賃借権に基づく予備的反訴請求は失当であることもおのずから明かである。

9、そこで、原告の本訴第一次請求を認容し、被告生方の反訴請求をすべて棄却することとし、仮執行については前出鑑定の結果により知られる本件各物件の価値、前出株主総会決議不存在確認訴訟以来、長年にわたつて係争が続いていること、動機、目的は別として被告生方が相当期間事務管理行為をして本訴各物件の新設維持をしたこと、双方当事者の利害、敗訴者の上訴の場合の便益等を考慮して、仮執行宣言は無担保とし、職権で仮執行免脱宣言を付し、その場合の担保額を定め、民事訴訟法第八九条、第九三条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治)

別紙

昭和三五年(ワ)第一〇、五八一号事件及び昭和三八年(ワ)第九、三八六号事件原告の請求原因

第一、(建物所有権土地賃借権について)

一、原告は別紙第一物件目録記載の各建物を所有し、右については所有権保存登記がなされている。

二、原告は第二および第三物件目録記載の各建物を所有し右については昭和二九年一一月一九日所有権保存登記がなされている。被告等は右所有権が原告に属することを否認している。しかしながら左の理由により、右物件はなお原告所有である。

(一) 第二物件

1 同物件第壱号の建物は昭和二七年三月一五日、第弐号の建物は、同年一二月一〇日それぞれ第一物件目録の登記簿上の付属一、木造平家建店舗一棟建坪一九坪七合五勺が昭和二五年頃焼失した跡に、被告生方が建築したものである。

2 しかしながら同被告は、他の原告会社所有の工場、施設とともに原告会社の資産として事業に供す意図を有し、原告会社の事務管理として右建物を原告会社に帰属させる意思をもつて建築し、昭和二八年三月七日株主総会決議によつて原告会社の代表取締役に選任されたと称し、昭和二九年一一月一九日原告会社のため事務管理行為として右建物の原告会社所有の保存登記をした。

従つて右各建物の所有権は原始的に原告に属すること明らかである。

3 仮に被告生方が、一旦右各建物を所有したものとしても、右のとおり原告会社のため所有権保存登記手続をなし、これを原告会社に右登記の日頃贈与したものである。被告生方はその頃原告会社の代表取締役として右贈与の申込を承諾した。その後同被告の代表者たる地位は確定判決により否認せられ右承諾も原告のため事務管理としてなされたものと解すべき処、原告は昭和三八年一一月末日到達の本件訴状により、原告が右建物を所有することを確認してかつまた昭和三九年二月二六日到達の書面により、同被告の右承諾行為を追認した。

(二) 第三物件

1 同物件目録記載の変電所は、もともと原告が建築したものである。右変電所はもと第六物件目録記載の工場附近に存した処、昭和三二年五月頃当時原告会社の代表者であつた被告生方がこれを第一物件第壱号の工場内に移転はしたが、その同一なること勿論である。

2 仮に被告生方がこれを建築したものとしても、同被告は、原告会社にその所有権を帰属させる意思をもつてなし、家屋台帳にその登録手続をなしている(甲第二号証ノ四)から、原始的に原告所有たること明らかである。その被告の行為は第二物件について述べたところと同一である。

3 仮に一旦同被告所有となつたものとしても、昭和三二年五月右登録手続の頃原告会社に無償で贈与した。

その承諾並びに追認については、第二物件について述べたところと同じである。

三、原告は昭和一四年創立以来訴外小泉由雄より右各建物の敷地である別紙第四物件目録記載の土地を、期間の定めなく、賃料は坪当り三円(現在は坪当り二五円)の約定で賃借している。

四、別紙第七物件目録記載の変圧器四台は、第一物件目録記載の建物と同様引き続きいずれも原告の所有である。

第二、(被告等に対する退去、収去、明渡請求について)

一、(一) 原告は前記第一、第三、第七物件目録各記載の建物、変圧器等を第四物件目録記載土地の借地権(第一項三記載)とともに昭和二五年三月二〇日頃訴外新堂に対し同日付契約に基き、原告が同訴外人よりの債務を弁済したときその日より一年以内に返還するとの約定で引渡し、その使用を承諾した(借地権については転使用権の設定をしたことになる)。

(二) 右訴外新堂は、昭和二六年一二月中右物件、(借地権を含む)、工場施設等を被告生方にさらに転使用貸借させ、同被告はその余の被告等に右建物の一部と右土地を転使用させた結果次のとおりとなつている。

二、(一) 被告生方博は

イ、原告所有にかかる別紙第一物件目録第壱ないし第参号および同第二物件目録第壱号証記載の各建物を、昭和二六年一二月二二日頃より占有し、

ロ、同第五および第六物件目録記載の各建物を本件土地上に所有し、

ハ、原告所有にかかる同第三物件目録記載の建物を昭和三五年一二月一日以前から、同第七物件目録記載の変圧器四台を昭和二六年一二月末頃から占有している。

(二) 被告アジア工業株式会社は、

イ、別紙第一物件目録第参号の建物のうち、同目録添付図ABCDEFGHIJAを結ぶ斜線部分一四、五坪を被告生方博と共同して、

ロ、同第二物件目録第弐号記載の建物を単独で、

ハ、同第五物件目録記載の各建物を単独で、

それぞれ昭和三三年九月一三日頃より占有している。

(三) 被告若山建機株式会社は、別紙第一物件目録第壱号の建物を昭和三四年六月二四日頃より被告生方博と共同して占有している。

(四) 被告不二製作所こと今村勇二郎は、別紙第六物件目録記載の建物を昭和三三年八月頃より占有している。

(五) 被告等は、原告賃借にかかり建物保護法による登記された建物の敷地である別紙第四物件目録記載の土地を共同して占有している。

三、(一) 原告は訴外新堂に対し、昭和三三年一〇月一三日前記一、(一)記載の債務を完済したので、訴外新堂は前記約定により昭和三四年一〇月一二日の経過とともに右各物件の使用権を喪失し、被告等もまたその占有権を喪失し、それぞれ前記転貸人に対し転使用物件(借地権を含む)を返還すべき義務を負つた。よつて請求の趣旨第一、各記載のとおり、別紙第一ないし第三物件目録記載の各建物よりの退去、第七物件目録記載の変圧器引渡についは、その所有権または右返還請求権(転使用の関係については転貸人に代位し)に基づき、その余の建物収去ないし退去、および土地明渡については、土地賃借権または右返還請求権(転使用の関係については転貸人に代位し)に基づいて、それぞれ請求する。

第三、(賃料相当の損害金請求について)

一、原告所有にかかる別紙第一ないし第三物件目録(ただし第一物件第参号については斜線部分以外を除く)記載の各建物は工場又は事務所である処、その最低賃料相当額は左表記載のとおりである。

表<省略>

二、そこで原告は右物件占有者に対し右相当賃料として請求の趣旨第二、各記載のとおりの賃料相当の損害金の支払いを各占有開始後の昭和三五年一二月一日より退去又は引渡済みに至るまでそれぞれ求める。

第四、予備的請求の趣旨について

原告は、前記のとおり別紙第二物件目録記載第壱および弐号記載の各建物が原告所有であることを確信し、これより退去を求める。

仮に右物件が被告生方所有としても、原告はその敷地である本件土地についての前記明渡請求権に基づき、右各建物の収去を求める。

以上

昭和三九年(ワ)第一、六九九号反訴事件における反訴被告

第一、「反訴請求及び予備的反訴の請求はいずれもこれを棄却する。反訴の訴訟費用は反訴原告の負担とする。」との判決を求める。

第二、反訴請求原因事実中、第一、第二物件目録記載の建物が反訴原告の所有であること、予備的反訴の請求原因中、反訴原告がその主張する賃借権を有することをいずれも否認し、その余はすべて本訴において本訴原告が主張するとおりである。

第三、なお、反訴原告は本訴において第一物件目録記載の建物が反訴被告の所有に属することを自白しており、その自白の撤回には異議を述べる。

本訴および反訴を通ずる被告等の主張に対する原告の反論

第一、第一物件目録記載の建物所有権が原告に属することについては被告等において自白したものであるから、その自白の撤回に異議がある。

第二、原告と訴外新堂との関係について

一、原告が被告等主張のとおり第一物件目録記載の建物及び第七物件目録記載の変圧器所有権を訴外新堂に譲渡したことを否認する。

右は前に原告の右訴外人に対する昭和二四年一二月二二日品川簡易裁判所における和解成立に基づく、九八万円の債務の担保として当時の原告会社所有の不動産、機械設備、借地権を右訴外人に一時使用させたまでのものであり、そのことは別訴株主総会決議不存在確認訴訟において審判確定ずみのことである。

二、右に関し原告と訴外新堂との間に作成されたとする被告等提出の書証(例えば乙第三号証、第五号証の一、第一四号証)はすべて被告生方と訴外新堂との間で金策の必要作成された虚構のものか、被告生方の作成した原稿に過ぎないものである。

第三、訴外新堂と被告生方との関係について

一、訴外新堂と被告生方との間において被告等主張の匿名組合契約またはそれに準ずる無名契約が締結されたことを否認する。被告等の右主張は全く仮空想像的なものに過ぎない。

二、訴外新堂は前記のとおり被告会社から担保として本件第一、第三各建物、第七変圧器、第四の借地権等を含む工場及びその設備を預つていたところ、昭和二六年夏頃被告生方が右事情を知つて右訴外人と鉄工業の共同経営をすべきことを申し入れて来た。そこで右訴外人は昭和二七年七月末日までに同訴外人において右工場及びその設備一切を原告から譲り受け、原告会社の全株式を買収し、その評価額金一九五万円の半額すなわち金九七万五〇〇〇円を右被告から出資金として支払を受け、右期限的に鉄工業共同経営を発足すべき旨を約した。

その後昭和二六年一二月頃被告生方から訴外新堂に右出資金のうち金六〇万円が支払われ、同時に一刻も早く右共同事業の準備活動をするよう申入れがあつたので、同訴外人は右共同事業経営の開始までとりあえず前記工場及びその設備一切を同被告に使用させた。そしてその際前記諸条件が完成せず共同事業経営ができない場合は同被告において右工場及びその設備一切を必ず右訴外人に返還すべきことを右両名間で約した。

ところが、右被告は右訴外人に一旦交付した金六〇万円を逐次、設備の修繕費、事業上の保証金等に必要であるとして引き出した外、約定金額中不足の出資金を支払わず、またしたがつて、原告から右工場及びその設備の譲受けも、原告の株主から株式の買収もできず、期限の昭和二七年七月末日を過ぎ、その後右被告は虚無の株主総会決議を仮装して原告会社名を変更し、みずから代表取締役の登記を経由し、第一物件目録記載の建物に抵当権設定登記をして三〇〇万円の債務を負担する等共同事業をするに至らないので、右訴外人はその間再三にわたり右被告に対し前記工場及びその設備一切の返還を請求しているが、未だにその返還がないのである。

三、以上のとおり、右共同事業契約は遂にその発効に至らなかつたのであるが、仮りに発効したとしても右被告の不履行により、同訴外人はその契約を解除し、かつ、右工場及びその設備一切の返還を同被告に求めているので、同被告は右訴外人にこれを返還すべき義務があるのみならず、同被告は右訴外人の原告に対する右工場及びその設備の使用関係を知り、同訴外人においてその使用権を失つた場合は、これを直接原告に返還すべき義務のあることを承知していたのであるから、請求原因において主張のとおり、右訴外人において右使用権を失つた以上、右被告もまた直接これを原告に返還すべき義務を負担しているものであり、原告の被告生方に対する本訴請求は右義務の履行を求めることをも理由とするものである。

第四、土地賃借権について

一、原告は第四物件目録記載の土地についての賃借権を訴外新堂または被告生方に譲渡したこと、したがつて同訴外人がこれを被告生方に譲渡したこと等すべて否認する。もとより、その譲渡について地主の訴外小泉が承諾を与えたことはない。

二、仮りに被告等主張のように昭和三四年一二月被告生方が訴外小泉から右土地を新に賃借したとしても、原告の前記借地権には期間の定めがないので、その消滅を来すことはない。昭和二九年一二月被告生方等の代表取締役選任および原告会社名変更等の株主総会決議不存在確認の訴訟が提起され、昭和三一年五月右不存在確認の第一審判決がなされ、昭和三四年一二月控訴棄却、昭和三八年八月上告棄却となつて右第一審判決が確定したところ、被告生方は右控訴審の審理中、原告会社代表取締役の地位を否認される運命の近いのを知り、原告の賃借権行使による土地明渡請求を防止するため、甘言をもつて原告において右賃借権行使の意図がない旨虚偽の事実を地主小泉に申し向けて右行為に及んだものに過ぎない。

三、原告の右土地賃借権の消滅時効完成を争う。原告は引き続き第一物件目録記載の建物を右土地上に所有し、かつその登記が存続している以上、右土地の占有、賃借権行使の典型的状況があるので、消滅時効により右賃借権を失う理由はない。また、被告生方は原告に代つて右土地を占有使用し、かつ、地代を地主小泉に支払つて来ているので原告は被告生方によつて代理占有し賃債権を行使して来たものである。のみならず、被告等は右土地の所有者でもなく、右時効援用の適格を欠く者である。

第一、昭和三五年(ワ)第一〇、四八一号事件及び昭和三八年(ワ)第九、三八六号事件被告等の答弁

請求の趣旨に対する答弁

原告の本訴請求は棄却する

訴訟費用は本訴原告の負担とする

との判決を求める。

請求の原因に対する答弁

一、本訴原告の請求原因第一の一、及び二、記載の事実中、第一、第二、物件目録記載の各建物について原告名義の所有権保存登記が存在することは認めるが、原告の所有権は否認する。

右第一物件目録記載建物の所有権の帰属については、本訴被告の自白を撤回する。

二、同請求原因第一の二の(一)記載の事実中、第二物件目録記載の建物を被告生方が建築した事実は認める。

但し、建築の日時は同目録第壱号の建物が昭和二七年一〇月中、同目録第二号の建物は昭和二八年一月中である。

(一)、右第二物件目録第壱号の建物につき、被告生方が二葉工業株式会社名義で所有権保存登記手続をしたことは認めるが、原告会社に所有権を帰属させる意思をもつて建築し、登記したとの事実は否認する。右登記は単に二葉工業株式会社の名義を借りたのみである。

原告から被告生方に宛て贈与を追認する旨の書面が到達した事実は認めるが、予備的主張にかかる贈与の事実は否認する。

(二)、同請求原因第一の二の(二)記載の事実中、第三物件目録の建物を被告生方が移転せしめたとの事実は否認する。右建物は昭和三三年四月頃、被告生方が建築し原始的に所有権を取得したものである。

右建物が固定資産課税台帳に登録されている真実は認めるが、被告生方が原告会社に所有権を帰属せしめる意思をもつて建築し、登録手続をしたとの事実は否認する。

被告生方が右建物を原告に贈与した事実は否認する。

(三)、同請求原因第一の三、記載の、原告が本件土地につき賃借権を有する事実は否認する。

(四)、同請求原因第一の四記載の変圧器所有権が原告に属することを否認する。

三、同請求原因第二の二、記載の、各本訴被告等の本件土地、建物の占有関係及び第五、第六物件目録記載建物が被告生方の所有であることは認める。但し、被告今村は原告主張の建物を被告生方との使用貸借契約により、その余の被告二名は原告主張の建物を被告生方から賃借してそれぞれ占有しているものである。

四、同請求原因第三記載の損害金請求につき、賃料相当損害金の額は否認する。

五、同請求原因第二の一、三記載の事実中、

(一)、原告主張の各建物変圧器等の所有権が原告に属し、借地権が原告にあることは否認する。

(二)、原告と訴外新堂との各物件及び借地権の使用貸借契約は否認する。

(三)、訴外新堂と被告生方との間の右各使用貸借契約は否認する。

(四)、原告の訴外新堂に対する債務弁済の事実は不知。

六、同請求原因第四記載の予備的請求を争い第二物件目録記載の建物が被告生方の所有であることを認める。

第二、昭和三九年(ワ)第一、六九九号反訴事件の反訴原告請求及び請求原因

反訴請求の趣旨

(一)、反訴被告は反訴原告に対し、別紙第一及び第二物件目録記載の各建物につき、所有権移転登記手続をせよ

(二)、(予備的反訴請求)

反訴被告は反訴原告に対し、別紙第一物件目録記載の各建物を収去して、別紙第八物件目録記載の土地(同目録添付図面斜線部分)を明渡せ

(三)、訴訟費用は反訴被告の負担とする

との判決ならびに予備的反訴請求につき仮執行の宣言を求める。

反訴請求の原因

反訴請求の目的である別紙第一、第二物件目録記載の建物(本訴の第一、第二物件目録記載建物と同じ)は反訴原告の所有であるにもかかわらず原告所有権名義の登記がなされているので、実体の権利に符合させるため反訴請求のとおりの判決を求める。

仮に右第一物件目録記載の建物が反訴被告の所有であるとすれば反訴被告は何等の権限もなく反訴原告の賃借にかかる別紙第八物件目録記載の土地上に右建物を所有して右土地所有権及び反訴原告の賃借権を侵害している。よつて仮に右第一物件目録記載建物が反訴被告の所有であるとすれば、反訴被告は右土地の賃借権に基づき、右土地所有者である訴外小泉由雄に代位して別紙第一物件目録記載の建物の収去と敷地たる別紙第八物件目録記載の土地の明渡を求めるものである。

尚、第二物件目録記載の建物は本訴の答弁のとおり反訴原告の建築にかかるものであるが、第一物件目録記載建物及び第七物件目録記載変圧器についての所有権取得原因は後記第三の二、記載のとおりである。

第三、本訴及び反訴を通ずる被告等の主張

一、本件の経緯

(一)、原告会社は、嘗つて本件土地を訴外小泉由雄から賃借しその地上に第一物件目録記載の工場建物を所有して鉄工所を経営していたものであるが、終戦後は極度の経営不振に陥り、昭和二五年三月末頃には遂に倒産して事業活動は一切停止し、第一物件目録記載の建物をはじめ工場設備の一切は大口債権者である訴外新堂栄一の手に移り、本件地上の工場は荒廃して工場設備はスクラツプ同様の状態となり、将来の会社の再建や事業の再開は全く考えられない状態であつた。

一方、本訴被告生方は、かねてから東京都下において鍛造業を営んでいたが、終戦後疎開先の福島県下から東京に復帰して事業を再開すべく奔走していたところ、たまたま訴外宮島英三から本件工場が遊休施設であることを聞き、同人を介して原告会社代表者にその譲渡を申し入れたところ、既に前記の経緯で原告会社の実権は訴外新堂に移つていたのであらためて同人と交渉した結果、昭和二六年一〇月二八日、右訴外新堂と被告生方との間で、右新堂が工場施設を提供し、被告生方が之を利用て現実の事業活動を行い、共同して鍛造業を経営する合意が成立し、右合意に基づき、昭和二六年一二月二二日被告生方は訴外新堂から第一物件目録記載建物及び工場施設の引渡を受け、同日より右の各物件の占有使用を開始して現在に至つているのである。

(二)、第一物件目録記載の建物及び第七物件目録記載の変圧器を含む工場設備の一切は、原告会社が訴外新堂に対して負担していた借用金返済債務の代物弁済として、昭和二五年三月右訴外新堂に譲渡され、同人がその所有権を取得していたものである。

被告生方が本件土地に於ける事業開始のため訴外新堂と交渉中、同訴外人は被告生方に対して第一物件目録記載建物はじめ本件工場施設の一切が自己の所有であるのみならず、原告会社の全株式を取得し、原告会社に対する一切の支配権を有する旨確言していたのである。事実、その証として被告生方は訴外新堂から、原告会社と訴外新堂間の昭和二五年三月二九日付代物弁済契約書を見せられたのである。右契約書はその後訴外新堂が保管していたが、被告生方は当時訴外中山惣吉に命じて右契約書の写を作成させ現在も所持している(乙第三号証)。

原告は本訴に於いては、工場建物及び施設は担保として訴外新堂に委ねていたものと主張するのみでその担保の性質、内容を明らかにせず、且つ代物弁済による所有権の移転を否定するもののようである。しかし、鉄工業経営に関する知識も経験も全くない単なる債権者に過ぎない訴外新堂が、単に工場施設の占有の移転を受けるのみで満足していたとは到底信ぜられない。明らかに訴外新堂は、倒産して他に資産もなく一切の操業を停止して事業再開の見通が全くない原告会社から、唯一の資産である工場施設の譲渡を受けていたものであつて、事実被告生方が始めて新堂と交渉した当時、新堂は本件工場施設を処分するため買主を物色中であつたのである。

二、(被告生方と訴外新堂との関係)

被告生方と訴外新堂との間で昭和二六年一〇月二八日成立した契約の法的性質は、匿名組合契約若しくは匿名組合契約に準ずる無名契約である。

(一)、即ち、右契約に於ける当事者の目的は、訴外新堂は鉄工業経営に関する知識も経験もないので同人の有する工場施設の一切を被告生方の事業の為に提供して旧債権の実質的な回収を図り、被告生方は右施設を利用して鍛造業を経営するにあつたのである。

斯様な契約の目的及び当事者の地位を考慮すると、明らかに訴外新堂は匿名組合契約に於ける出資者即ち匿名組合員であり、被告生方は営業者であつたのである。

(二)、ところで匿名組合員である訴外新堂としては、出資の対象である本件地上の工場は本来原告会社に対する債権の代物弁済として取得したものであるが、同人が自ら工場施設を利用して操業しない以上は、いづれは本件工場を換価処分しない限り旧債権の実質的満足はあり得なかつたので、被告生方との匿名組合契約に際しても単に将来事業から利益が生じた場合に受くべき配当のみを目的としたものではなく、同時に旧債権の早期の実質的回収のため、被告生方に対する工場設備の一部の譲渡を希望したのである。被告生方としても、本契約は本来自己の事業再開を目的としたものであつたから工場施設の譲受を了承し、両者協議した結果、匿名組合契約に基づく出資に先立ち、工場施設の二分の一を被告生方が買受けることとしたのである。

但し、右工場施設の譲渡は個々の物件を特定することなく、従来は訴外新堂の単独所有であつた工場施設全体に対する所有権の二分の一を被告生方に移転して、以後は両者の共有とする旨の契約であつた。即わち単独所有者たる新堂が、その潜在的持分二分の一を被告生方に売渡して、その結果それぞれ持分二分の一宛の共有とすることとしたのである。

(三)、右の工場施設の持分の譲渡の方法は、形式上原告会社の株式の譲渡によつて為すこととした。即ち、当時訴外新堂は原告会社の工場施設と共にその全株式を取得していたのであるが、当時既に倒産して操業を停止していた原告会社の株式自体は全く無価値であつたので、その全株式の価値は事実上は工場設備全部の価値によつて之を金一九五万円と評価し、被告生方がその半額九七万五千円を代価として原告会社の株式の半数を譲り受けることを約したのである。

つまり当事者間に於いては、形式的には株式譲渡の方法を採つたが実質的には工場施設の譲渡であり、当事者の意思としては、株式が実質的には工場施設の所有権を表象するものとしてのみ考えられていたのである。

而して右株式(即ち実質的には工場施設の持分)の譲渡代金の内金六〇万円は、訴外新堂が本件土地及び地上の工場施設を被告生方に完全に明渡した時に支払う旨の合意が為された(乙第五号証の二契約書第六条第五条参照)。

(四)、斯様に匿名組合契約と同時に為された工場施設持分譲渡の契約により、先づ工場施設が訴外新堂と被告生方との共有とされたのであるから、匿名組合契約に於ける匿名組合員新堂の義務としては、同人の共有持分二分の一がその出資の対象とされていたものである。

従つて匿名組合員新堂の受くべき利益配当は、営業者たる被告生方の事業から将来利益が生じた場合にその二分の一の配当を受くることとされていたものである。

以上の契約に基づき、被告生方は昭和二六年一二月一四日、前記株式譲渡代金(即ち工場施設持分の買受代金)の内金六〇万円を訴外新堂に対して支払い、工場施設の共有持分二分の一を取得し、訴外新堂は本件地上の家屋を占有していた訴外柿沼、同前田、同荻原等を退去せしめたうえ、昭和二六年一二月二二日、本件土地及び地上の工場を被告生方に引渡し、右引渡しによつて被告生方は匿名組合契約に基づく出資の履行として新堂の持分二分の一の移転を受け、営業者として本件工場施設の完全な所有権を取得したものである。

本訴第一物件目録記載建物及び第七物件目録記載の変圧器は右新堂と被告生方との契約により両者の共有となつたうえ、新堂からその持分を出資された工場施設の一部として被告生方に所有権が帰属したものである。

三、(被告生方の本件土地賃借権取得)

本件土地は、訴外小泉由雄の所有であつて、従前は原告が右小泉から賃借していたが、前述のとおり昭和二五年五月頃に原告会社が倒産して工場施設が代物弁済として訴外新堂に引渡され一切の操業を停止した後は、原告が本件土地を占有使用した事実は全くなく剰へ昭和二五年中から地代の支払さえ滞つていたのである。

而して被告生方と訴外新堂との間の前記匿名組合契約に於いて、訴外新堂は本件工場施設の一切を営業者たる被告生方に提供して事業を開始させる為、当然本件土地の占有も被告生方に移転する義務を負い、その為に匿名組合契約に際して当時本件地上の家屋の一部を占有していた訴外柿沼、同前田、同荻原等を退去せしめたうえで本件土地を被告生方に明渡す旨約したのである。

(一)、斯様な経緯によつて、昭和二六年一二月二二日頃原告会社代表者根元嘉兵は、賃貸人である訴外小泉由雄に対し、以後は被告生方が本件土地を使用して操業することとなつた旨を告げて原告との賃貸借契約の解除を申し入れ、右契約は合意解除されたものである。而してその頃原告は従前の延滞賃料も含めて同年一二月末日迄の賃料を支払つた模様である。

而して昭和二七年一月三日、被告生方と訴外小泉との間で本件土地につき賃料月額二、五〇〇円也、期間は取り敢えず同年一月一日から前賃借人原告との契約の残存期間たる昭和三四年三月迄とする賃貸借契約が成立した。

(二)、仮に被告生方と訴外小泉との右賃貸借契約の成立が認められないとしても、前記匿名組合契約成立の際の事情から見ると、昭和二六年一〇月二八日、前記匿名組合契約の成立と同時に、原告の代理人である訴外新堂と被告生方との間で借地権譲渡の合意が成立したものである。

而して本件地上の家屋を転借等によつて占有していた第三者の退去が完了した昭和二六年一二月二二日に本件土地は被告生方に引渡され、その頃賃貸人たる訴外小泉は原告会社代表者根元に対して右借地権譲渡につき承諾を与えたのである。

斯様にして被告生方は本件土地賃借権に基づいて引続き占有使用して現在に至つているものであつて、その間昭和三四年一月一日、期間満了により訴外小泉との間で賃貸借契約を更新し、賃料月額一万円、期間を二〇年として公正証書を作成したのである。

四、(被告生方の営業)

(一)、被告生方と訴外新堂との前記匿名組合契約に際し、営業者たる被告生方は新たに会社名義で事業を始めることを希望し訴外新堂に相談したところ、新堂は被告生方に対し、当時登記簿上のみ存在していた原告会社を利用して役員を改選し商号を変更して実質的には新会社として発足した方が新会社を設立するよりも手続や登録税等の関係で遙かに簡便であると示唆したので被告生方は同人の意見に従うこととしたのである。

(此のように自己の主宰する新会社の設立に代え、所謂「会社を買う」或いは「会社を拾つてくる」方法で、現実に営業活動をしていない既存の会社を利用してその商号を変更し、役員を改選して自己が経営者となり、或いは更に会社の目的を変更して会社の内容を一新し、実質的には新会社として発足する方法は巷間屡々行われるところである。)

(二)、而して当時訴外新堂は前述のとおり原告会社の資産である工場施設の一切や原告会社の全株式を取得して原告会社の実権を掌握していたのであるから、商号変更等の手続は一切を訴外新堂に委ねたのである。右の会社関係の手続について、被告生方は全面的に新堂の言を信じ、全く自己の主宰する新会社として発足し得るものと信じ、法律上は原告会社の同一性が維持されその法人格が存続すること等は毛頭思いもよらなかつたのである。従つて被告生方は事業開始にあたつて、倒産した原告会社の名称を使用すること等は思いもよらず、特に変更すべき新商号については、自己の顧客関係や多年蓄積した信用を活かすため、同人が戦前から使用していた商号である「二葉工業」の名を冠することを強く希望し、新堂も之に賛成していたのである。

斯様な経緯で、被告生方は訴外新堂に一任した商号変更の手続が早晩完了することと予定し、匿名組合契約に於ける営業者として鍛造事業を開始した昭和二七年初頭から既に「二葉工業株式会社」の名称を使用していたのである。

(三)、ところが訴外新堂に一任した原告会社の商号変更の手続は、何故か非常に遅延し、昭和二八年六月二二日付で漸く「二葉工業株式会社」の新商号への変更登記がなされると共に、取締役改選と被告生方及び訴外新堂が同社の代表取締役に就任した旨の変更登記がなされたのである。

右登記の形式上は、匿名組合員である訴外新堂が営業者たる生方の主宰する会社の代表取締役として積極的に経営に参加しているが如き観を呈するが、右は何等被告生方と訴外新堂間の匿名組合契約の解消を意味するものではないのである。

即ち、前述のとおり訴外新堂は鉄工業経営については全く何の知識も経験もない匿名組合員(出資者)に過ぎないのであるから、昭和二七年初頭の事業開始以来、専ら被告生方が「二葉工業株式会社」の名称によつて単身事業に専念していたのであるが、昭和二八年六月二二日の商号変更登記迄は「二葉工業株式会社」なる会社は法律上存在しなかつたのであるから、右名称は単に匿名組合契約に於ける営業者たる生方個人の商号に過ぎなかつたのである。その間の事業活動は契約当初の約旨どおり、被告生方が個人で賃借している本件土地に於いて、匿名組合員新堂の出資により被告生方に帰属した工場施設によつて事業資金、本件土地の地代、工場建物の固定資産税や使用電力料金等の所要経費は殆んど被告生方個人の負担によつて調達、支弁されていたのであり、斯様な事業の態様は商号変更及び代表者変更登記の後も全く何の変化も断絶もなく継続し、新堂が事業に干与したり代表権を行使したことは全くなかつたのである。してみると、訴外新堂の代表取締役就任の登記は恐らく同人が出資者即ち所謂共同事業の当事者たる地位を確認する目的で自ら登記したものであろうが、右の登記によつて新堂、生方間の匿名組合員と営業者たる関係は何の影響も受けず、登記の後も両者間に当初の匿名組合契約が依然として存続していたことは明らかである。

(四)、しかるに昭和二九年一二月に至り、原告から提起された株主総会不存在確認請求訴訟を本案として訴外新堂と被告生方に対する職務執行停止仮処分命令が発せられたため、被告生方は其の後は「二葉工業所」なる商号を使用して引続き従来からの事業を継続したのである。(なお、その後の右訴訟の経過が原告主張であることを認める)。

而して前項記載のとおり「二葉工業株式会社」自体が単に名目的なものであつて実質的には匿名組合に於ける営業者たる被告生方個人の事業であつたのであるから、右職務執行停止仮処分も匿名組合契約には何の影響も及ぼさず、新堂、生方間には依然として従来の関係が継続していたのである。

因に、右仮処分によつて当然代表取締役の職務代行者が選任されたが、勿論代行者によつて二葉工業株式会社が本来の事業活動を行つた事実は全くなく、仮に右職務代行者によつて同社が何等かの行為をしたとすれば、それは前記本案訴訟に於ける訴訟行為のみである。

(五)、斯様に訴外新堂と被告生方間の匿名組合契約は現在に至る迄有効に存続し、その間被告生方は右契約の履行として終始営業活動に専念したのであり、又訴外新堂は右契約に基づく出資たる持分二分の一の割合による利益配当請求権を有しているのであるが、当初の「二葉工業株式会社」名義による営業当時は所期の利益を計上するに至らなかつたたる新堂に配当すべき利益がなく、又前記職務執行停止仮処分を受けた後は、訴外新堂は如何なる利害の打算によるのかは知らないが、にわかに従来の態度を一変して原告に左袒し被告生方と敵対するに及んだため、同人に対する利益配当金の支払はしていない。しかし被告生方としては、勿論新堂の請求があれば何時でも現在迄の事業の利益を清算し、之を折半して新堂に支払う用意があるのである。

五、(第二物件目録及び第三物件目録記載建物の帰属)

本訴第二物件目録記載(一)の建物は昭和二七年一〇月頃、同目録(二)記載の建物は昭和二八年一月頃、第三物件目録記載の建物は昭和三三年四月頃、それぞれ被告生方が建築してその所有権を原始的に取得したものである。

即ち被告生方は、同人が専念していた事業に使用するため右の各建物を建築したのであるが、右第二目録の各建築に際しては被告生方が個人名義で建築許可を受け、建築代金もすべて同人が調達して支払つたのであるから明らかに同人個人がその所有権を原始取得したものである。原告は右の建物は被告生方が原告会社の為に建築したものであるから原告会社がその所有権を取得したと主張するが、右第二目録の各建物建築当時被告生方は「二葉工業株式会社」の商号を使用して事業に従事していたが、当時は未だ原告会社の商号は変更されていなかつたのであるから、被告生方も本件建物も原告会社とは全く無関係であり、倒産して実体のない原告根元鉄工所の為に被告生方が右建物を建築する筈がないのである。

右第二物件目録記載の各建物については、昭和二九年一一月一九日付で二葉工業株式会社名義で所有権保存登記がなされたが、右事実は何等被告生方の原告会社に対する右建物の贈与を意味するものではない。

本件建物は建築後未登記の儘使用されていたが、昭和二九年一一月頃被告生方は事業資金借入の必要に迫られた際、個人で借受けるよりも会社名義での借入れの方が金融を受け易い為、二葉工業株式会社名義で借入れ、右借財の担保についても会社名義の物件を差入れることを債権者が望んだので、被告生方は右二棟の建物について二葉工業株式会社名義で所有権保存登記をして抵当権を設定したのである。斯様に被告生方は自己所有の建物につき担保設定の便宜上、二葉工業株式会社の名義を籍りて登記したに過ぎないのであるから、右所有権保存登記は何等実体のないものである。従つてたまたま二葉工業株式会社への商号変更を無効とする株主総会決議不存在確認判決が確定し、右建物について原告会社の為の登記名義人変更の附記登記がなされたとしても、原告会社は架空の登記名義を有するに過ぎないのである。

第四、(抗弁)

一、(原告の借地権の時効消滅)

原告がもと本件土地について有していた賃借権が合意解約によつて消滅したこと、仮に解約でなくとも被告生方に対する借地権の譲渡により現在は賃借権を有しないことは既に述べたとおりであるが、仮に右主張が認められないとしても、原告会社は本件地上の工場施設を代物弁済として訴外新堂に引渡した昭和二五年三月末頃以降は全く本件土地を占有使用していないから、原告の右賃借権は昭和三五年三月末頃をもつて時効により消滅した。

仮に右時効の起算日が不明確であるとしても、少くとも被告生方が訴外新堂から本件土地及び地上の施設の引渡しを受け且つ被告生方が地主との賃貸借契約によつて有効に本件土地賃借権を取得した昭和二七年一月一日以降、原告が賃借権を行使して本件土地を占有使用した事実が全くないから昭和三六年一二月三一日の経過をもつて原告の賃借権は時効により消滅した。

(一)、右消滅時効に関して、本件地上に原告所有名義の第一物件目録記載建物が存在していたことは原告主張のとおりであるが、既に述べたとおり右第一物件目録記載建物の所有権は代物弁済によつて訴外新堂に移転し、更に昭和二六年末をもつて右新堂と被告生方の共有となつたうえ匿名組合契約に於ける出資として新堂の持分が被告生方に移転して被告生方の所有となつたのであるから、登記簿上原告名義で存続していても何等原告の本件土地占有の根拠たり得ない。

更に仮に右建物が現在に至る迄原告の所有であつたとしても、尚且つ消滅時効の進行は妨げられない。即ち、云うまでもなく時効制度の趣旨は権利を行使しない状態の継続に対して当該権利の消滅という法的効果を付与したものであり、又、土地賃借権の内容はたとえ建物所有を目的とした契約であつても実質的には飽く迄その土地及び地上建物の使用を目的としたものに他ならない。しかも賃貸借契約は双務契約であつて賃料支払義務を伴う債権関係であるから土地及び地上建物の現実の利用とその対価である賃料支払の事実が継続して始めて本来の権利行使がなされたものと云い得るのである。

しかるに原告は、昭和二六年以前から本件土地に於ける事業活動を全く停止し、乗へ本件土地の賃料の支払も滞り工場施設の一切は訴外新堂の手に移り、本件工場は全く荒廃して原告による現実の利用はおろか将来の事業の再開も全く考えられない状態であつたのである。

斯様な状態のもとで、被告生方が訴外新堂との匿名組合契約により事業を開始して現在に至つているのであつて、その間原告は被告の事業活動には全く関与せずその他原告が本件土地及び第一物件目録記載建物を現実に占有し利用した事実は全くなく、しかも遅くとも昭和二七年一月一日以降は全く賃料を支払つていない。右は正に権利不行使の典型的事例である。

原告の主張のように、たまたま賃借地上に建物が存在する場合であつても、当該土地及び地上建物を全く使用しない儘、之を放置して顧みずしかも賃料さえ支払わない状態で一〇年以上経過して尚且つ賃借権の消滅時効が進行しないとすれば、その結果はあまりにも不合理であつて時効制度の趣旨を没却するものである。

(二)、原告は被告生方が原告の占有代理人として本件土地及び地上建物を占有していたものとして被告生方の占有の効果を援用するが、被告は右占有代理関係は否認する。

(1) 、被告生方の本件土地占有は、かねて主張するとおり本件土地を訴外小泉から賃借し、自己の賃借権に基づいて占有使用しているものである。

(2) 、又、被告生方は匿名組合契約に於ける営業者として、二葉工業株式会社名義で事業活動を行つていたのであるが、仮に右会社が事業の主体であるとしても同社の事業活動に際しての本件土地占有の実体はすべて代表者である被告生方が業務執行権に基づき自己の賃借している本件土地を占有使用して独力で操業を継続していたのである。

而して仮に被告生方と原告との間に何等かの関係ありとすればそれは右二葉工業株式会社が原告会社の商号を変更したものである点のみであつてそれに尽きるのである。ところが原告の提起した株主総会不存在確認請求事件の判決により原告会社から二葉工業株式会社への商号変更と被告生方の代表取締役選任が無効とされ右判決は確定したのであるから被告生方は右二葉工業株式会社即ち原告会社とは当初から何の関係もなかつたこととならざるを得ない。しかるに会社法上の効果は遡つて否定したとしても、現実の事業活動の事実は存在しているのであり、しかも本件土地を使用したその事業活動はすべて被告生方が独力で行つてきたのであるから、結局二葉工業名義の行為も含めて本件土地、建物を利用した事業活動は当初から原告会社とは全く何等の関係もない被告生方独自の事業活動であり被告生方個人が独自で本件土地、建物を占有していたものと云う外はないのである。斯様に原告自ら提起した訴訟に於いて被告生方の行為や権限をすべて否定し遡つてその効力を奪いながら、しかも本訴に於いて占有代理関係を主張し被告生方の占有の効果を援用せんと策するに至つては噴飯に堪へない。

(3) 、原告は被告生方が訴外新堂の占有代理人として本件土地、建物を占有し、右新堂は原告の占有代理人であつたから結局被告生方は原告の占有代理人であつたと主張する。しかし前述のとおり第一、第二、第三物件目録記載建物はいずれも被告生方の所有なのであるから、仮に原告が本件土地賃借権を有していたとしても生方の右建物占有による本件土地の占有代理関係はあり得ない。仮に右第一目録建物が原告の所有であるとしても、被告生方は飽く迄訴外新堂との匿名組合契約に基づく出資として同人から引渡しを受けたのであるから同人の為に之を代理する占有意思は全くなく、従つて原告との占有代理関係が生じる余地がないのである。

(三)、更に原告は被告の時効援用権を否定するが、そもそも時効援用権の有無は当該権利の消滅によつて利益を受くべき地位の如何によつて決せられるべきところ、本訴に於いては原告は賃借権に基づいて直接被告等に対する妨害排除を請求しているのであつて、仮に右妨害排除請求が認め得るとすればそれは正に当該賃借権自体の効力を直接主張するものであるから、被告等は当該権利の消滅によつて直接利益を受けるものに外ならず時効援用権を有すること云うまでもない。

仮に被告等の時効援用権が認められないとしても、本件土地所有者である訴外小泉由雄は原告に対する賃貸人として当然時効援用権を有するものであるところ、被告生方は右小泉に対して本件土地賃借権を有するものであるから被告生方は右賃借権に基づき右小泉に代位して原告に対する時効援用権を行使するものである。

二、(妨害排除請求について)

仮に原告の賃借権が認められるとしても、本件請求は賃借権に基づく明渡請求であるところ、債権に過ぎない賃借権について直接第三者である被告等に対する明渡請求権は認め得ないから本訴請求は棄却は免れない。

尚、対抗力を有する賃借権について妨害排除請求権を認めた判例の存することは原告の主張するとおりであるが、右判例の事案に徴しても、本来債権に過ぎない賃借権について妨害排除請求権を認めるためには、自己の占有を不法に侵奪された場合であるとか、罹災土地につき使用が不可能である事情に乗じて、第三者によつて占有使用され自己の権利行使が妨害された場合の如くいずれも自己の意思に反して権利行使が阻害されている事情が存するのである。しかるに本件に於いては、被告生方は訴外新堂との匿名組合契約に基づき本件土地の占有の移転を受けたものであつて、右生方の占有開始については原告会社代表者は充分熟知し、現認し、被告生方の占有使用を自らの意思に基づいて積極的に容認していたのであるから、仮に原告にも賃借権が存続しているとしても、到底被告等に対して直接右賃借権に基づく妨害排除請求権を行使することは許されない。

以上

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